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2012.08.26

山梨ワイナリー訪問記①

母のことがあって、しばらくお休みしてましたがぼちぼち始動します。本当はライター仕事などやってましたが、結構お仕事たくさんいただけてブログまで手をつける余裕がなく…でも復活!ずっと来ていただいていた皆様、本当にすみません。

Photoああもういつの話?!ってくらい本当に前のことですが…山梨のワイナリーツアーに行ったときのようす。ワイン仲間のYさんが企画してくださった1日日帰り旅行。ワイナリー三つ回りました。まず四恩醸造さんを訪問。
ウェルカムワインでツアーの皆さんと乾杯。バスツアーなので思いっきり飲めるのが楽しい(o^-^o)にごり酒のようでワインに全然見えないですが、山梨産のぶどうをブレンドした微発泡ワインなのです。すーっごく飲みやすく、気づくとぐいぐい行っちゃってキケン(笑)

Photo_2醸造所のようす。おいしいワインをじっくり寝かせる樽、

Photo_3ステンレスのタンク(用途は樽と同じ。ただしより現代的)、

Photo_4これは「動瓶」をするための、昔ながらの道具。できた発泡ワインをさかさまにして差し込み、瓶の入り口付近に「おり(働き終えた酵母のかす)」を集める作業。数週間かけて瓶をすこーしずつ角度を変えて回し、おりをていねいに瓶の口付近に全部集める。スポンとかすだけを抜いて(瓶口をカルシウム液に浸けると、おり「だけ」ぴしゃっと飛び出すらしい。実際に見たことないけど)、栓して入荷、となるのですよ。資格試験のときに必死に覚えた。

Photo_5この四恩醸造の工場長(ワイナリーオーナー)の小林剛士さん。なぜか自分を「つよぽん」と呼んでと(笑)HPにも書いてあります。HPもゆるゆる~な雰囲気たっぷりですが、今回のツアーで一緒だったワインバーの方やソムリエさんに聞くと、「四恩醸造のワインはマニアの間で奪い合いで、販売された瞬間に売り切れになる」とか。あの飲みやすさと、なんだかよくわからないけど惹きつけられる味わい、その意味もすごくわかる。

Photo_6これも飲んだ赤。全部で7種類くらい試飲したかな。ああもう前すぎてメモを覚えてないのですが(つよぽんごめんなさい)、マスカットベリーAだったような。とにかくどのワインも、ヨーロッパの既存ワインとも、いままで飲んできた山梨の別のワインとも全然違う味。自然な風味。でもビオワイン(オーガニックワイン)とも違う、エッジと洗練感はきちんと残っているのです。ヨーロッパで修業をされたというつよぽんも、その辺りをものすごく独自のこだわりを持って、自分だけにしか造れないワイン造りに集中されているそう。

Photo_7ひと通り試飲し、ちょっとふらりとなったところでランチです。

Photo_8つよぽんの奥様(料理研究家)が準備してくださった料理をいただく。地元の野菜などを生かした心温まるランチプレート。靴を脱いで上がり、ほろ酔いでおいしい食事をいただいて、もうここで寝たい…と思ったところで移動。次のワイナリーへ。また続きます。


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2012.08.04

母を見送る。そのとき、家族ができること④(葬儀・完結編)

Photo■母は闘病をがんばり、家族も最大限、できるだけのサポートをしましたが先月半ば、母は亡くなりました。これは母の最後の作品。亡くなる1か月くらい前、私が自宅で開いている料理教室用に、作ってくれました。古流と草月流の華道を若い頃からやっていたそうで、切り花でも鉢植えでも、花に触れているのが大好きな人でした。

■これを作るまではぐったり寝ていたのに、「ああ、陽子ちゃんのお花、やらなくちゃね!」と急に起き上がり、これを活けている間はとても元気でした。あまりにも普通に会話し、普通にしゃきっと座って作業していたので、病気であることを忘れてこの状態、この時間が永遠に続くかと錯覚してしまったほど・・・。

■母の葬儀は、クリスチャンだったので地元の小さな教会で、私たち子供世代ではなく、両親と直接知っている方だけに来ていただきました。牧師さん夫妻は、家族全員普段からよく知っている方で、母の幼少期から亡くなるまでの写真をエントランスホールにたくさん飾ったり、旅行で妹が撮りだめておいた映像を流したり、母愛用のテニスのサンバイザーを展示したり、私たちの好きなように、めいっぱいやらせていただきました。本当に感謝しています。故人の略歴を読み上げて、賛美歌も心に響き、あらためてキリスト教の葬儀のよさを実感した日でした。



■その自由なキリスト教式だからできたというのもありますが、参列者の方の献花(仏式のお焼香のようなもの)の間や、見送りのときなど、結婚式のように私たちが選んだ好きな音楽を流せました。そのBGMはどうしよう、と悩んでいたときに、ふとアマゾンで「葬儀 音楽」と検索して見つけたこのCD、本当によかった!「お弔い・お別れの会BGM集ベスト」(画像をクリックするとサイトに飛びます

■全曲ネットで試聴できます。母が「おそらく今週いっぱいでは」と判断したときに、葬儀の準備を進める中、これを検索して購入しました。そんな状況だったので、試聴しただけで号泣。2枚組で、クラシックだけの盤と、「見上げてごらん空の星よ」や映画「ニューシネマパラダイス」の挿入歌、「千の風になって」などポップスだけを集めた盤のセットです。ポップス盤の方も、歌詞なしの演奏だけの荘厳な雰囲気で、まさしく母のセレモニーに本当にぴったりでした。しかもアマゾンなので、ネットで頼んだ翌々日、結果的に母の葬儀の前々日にきっちり自宅のポストに届いており、またこの忙しい中でのスピード・利便性に感動したものです。

■以上が、母を見送る際にできたことです。火葬場で、最後に母の棺が送られ焼き場のシャッターが閉まったとき、「ああ、やれることはできた」と実感しました。なんだかまるで、自分がお芝居やショーを舞台で演じ切った最後に幕が下りたような感覚で・・・。親を見送るのは悲しいけれど、自分がそのときに、できるだけのことをやり尽くせればそれでよいのではと。ここまで読んでくださった方に、何か一つでも、お役に立つことがあれば幸いと思います。

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2012.08.03

母を見送る。そのとき、家族ができること③(闘病・メンタルケア編)

■連日、先月亡くなった母の闘病について、役に立ったことを書いています。今日は闘病中役立った本のことについて。

■闘病生活は約5年間ありましたが、最初から最後までものすごく具合が悪かったわけではなく、最初の数年は「データ上の数字は動いているけれど、見た目はまったくふつうの人」という状態でした。しかし日が経つごとに、リアルな体調も悪化していきました。最後の1年は、体に痛みが出たり、吐き気が出たり、思うように歩けなくなり・・・と、目に見えて人生の終末期に近づいているのがわかりました。

■「終わりに近づいている」という未来を母本人、そして家族全員が気づきながら暮らすのは、本当につらいものでした。また、家族として最後を迎えるまでに、一体どんなことが起きてしまうだろうという不安でもいっぱいでした。そんなときに読み、救われたのが朝日新聞出版から出ているこの本(画像をクリックするとサイトに飛びます)。



■まさに最後は患者にどのようなことが起こり、家族はどう接すべきか、サポートしてあげるべきかという情報が淡々と書いてあります。つらいけれど、先に知っておくことで、ある程度覚悟も定まりました。しかし、何より役に立ったのが、この本にあった「ディグニティ・セラピー」です(本書のP245~。以下、一部本書より抜粋します)。

■「ディグニティー」とは英語で「尊厳」のこと。終末期の患者の、心理的な苦痛を軽減するための治療です。死期の近い患者さんに、人生を振り返ってもらうことで「あなたがやってきたこと、つながってきたものはすべて無駄なことはなく、未来永劫残されるもの」というメッセージに気づいてもらうという治療。自分の病気が治らないと知っても、それによって患者が尊厳を保てるのだそうです。

■治療、セラピーと言っても、質問を読んで答えてもらうだけなので、医療者でなくても、家族や、友人でも誰でもやってあげられます。問題は、明らかに「人生の最期」を見据えた質問なので、本人にどう切り出したらいいか悩むこと。私は、母が亡くなる1年ほど前、母自身がある日「家族の歴史を文章にしたい」と言い出し、その後しばらくほったらかしにしていたので「とりあえず、私が考えたこの質問に答えて、その内容を中心にまとめてみれば?」と提案しました。セラピーであることは、母に気づかれないように隠し通しました。

■P247に載っている、ディグニティー・セラピーの質問原文をそのまま抜粋します。

1.あなたの人生史で一番の思い出、もっとも重要だと考えていることを聞かせてください。
2.あなたができれば家族に知っておいてもらいたいなにか特別なことはありますか。
3.あなたか人生で果たしてきた役割のうちもっとも重要なものはなんですか。それらの役割の中で成し遂げたことはなんですか。
4.成し遂げたことの中でもっとも重要なこと、一番誇らしく思ったことはなんですか。
5.愛する人たちに言っておく必要があると思いながらもまだ言えていなかったことはありますか。
6.愛する人たちに向けてのあなたの希望や夢はなんですか。
7.人生から学んだことの中で他の人たちに伝えておきたいこと、あるいはアドバイス、導きの言葉はなんですか。
8.家族の将来に向けて役立つような、家族に残しておきたい言葉、あるいは教訓はありますか。
9.この半永久的な記録を作るに際して、他に追加しておきたいことがありますか。


■この質問に答えている間、母は非常に元気になり、その答えを聞くことで私自身も、とても救われました。母に質問しながらレコーダーで録音し、ワードファイルに起こしました。その後、この問答集のいくつかを短くまとめ、葬儀で「母の生前の姿をもっとよく表すラストメッセージ」として、参列者の方々の前で私が朗読させていただくことになったのですが、母にとっても、私たち残された家族にとっても、未来永劫残る宝物のような記録になりました。
いま、私と同じような状況で、家族としてつらい時期を過ごしている方に、ぜひおすすめしたいです。

明日は葬儀のセレモニーで役に立ったことを書きます。

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2012.08.02

母を見送る。そのとき、家族ができること②(闘病・生活編)

昨日、先月母を5年間のがん闘病の末に、亡くしたことを書きました。その間、家族してやってあげられたことで、役に立った情報をできるだけ紹介しようと思います。昨日の「食事編」に続き、今日は生活まわりの情報を書きます。

■「私にできることは食事作り」と、連日実家に通いつめ(ラスト3か月間はほぼ毎日だったような)、闘病中の母と、普通の食欲の父の両方においしいと思ってもらえるような料理を研究しては、作っていました。

■昼食や夕飯を食べた後、私は母に必ずマッサージもしていました。末期は体の各所に痛みが出ていて、ふとすると腕やももを自分でさすっていたので、手のひらでなでてあげます。それだけで楽になるらしく、「まさに『手当て』とはこういうことか」と実感していたものです。

■しかしマッサージは一生懸命やると、やっている側の人は非常に体力を消耗します。見た目より、相当疲れる。私は料理を作って、片づけて・・・の後に毎回やっていたため、あまりの疲労感に、いつも頭がぼーっとしていました。でも、やってあげたい。



■そこで、とても役に立ったのがこの本のマッサージメソッド(画像をクリックするとサイトに飛びます)。マッサージの本も検索して、図書館で借りては試してみましたが、一番私自身楽にできて、母も喜んでくれたのがこれに書いてあったやり方。

■「疲れを取る」「むくみを取る」「ストレスを取る」など症状別のマッサージ方がたくさん紹介されています。本来は病気の人向けの本ではないですが、どのコースをやっても「痛みが楽になる」と、母はいつも喜んでくれました。本当に、その道のプロが、極めた情報をピンポイントで教えてくれる実用書って素晴らしい。


■もう1点。抗がん剤治療をやっている間は、どうしても髪が抜けます。外出時は専用のウィッグをかぶりますが、自宅にいるときに非常に使えたのが、ここのネットショップのバンダナキャップ(↓こんな感じのもの)。バンダナと帽子の中間のような形で、「カフェの店員さん風」で、とても自然でした。医療用ではなく、普通にファッションとしてかぶるものを、治療中の人でも使えるのです。ここのものはかわいいデザインが、オーガニックコットンなど生地の種類とともに、無数に選べてすごくよかった。ショップのHP→ゆるい帽子
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■ここに行きつく前は、百貨店の「介護用品コーナー」ばかり見ていました。しかし、どれも「いかにも病人・老人向け」風。特にバンダナはおしゃれ性ゼロ、乱暴に言えば「闘病中なんだから、これでガマンしとけ」と言わんばかりの、茶色やピンクのもさっとしたデザインが少しあるだけ。値段もネットよりずっと割高でした。

■しかも百貨店では、あまり動けない母は行けないので父や私に頼むしかないのですが、ネットショップでは、母自身がノートパソコンを見ながら、自分で欲しいデザインを選ぶことができました。自分がお店に行くのではなく「お店が24時間、自分のいる場所にやってくる!」。インターネットの利点と偉大さを、母の病気中にしみじみ実感しました。


明日もまた続きを書きます。

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2012.08.01

母を見送る。そのとき、家族ができること①(闘病・食事編)

■先月半ば、最愛の母を亡くしました。私の仕事や、日々やっていることを自分のことのようにいつも楽しみにして、応援してくれていた母。

■母は60代前半、私はいま30代後半。一般的に、親を失うにはなんら不思議のない年齢ではありますが、やはり親は、父も母も、自分にとってはただ一人。「なんでうちだけこんなに早いの」「あと10年、いや5年は一緒にいたかった」という思いがつのります。でも、それも運命なのでしょう。クリスチャンだった母は、かなり早い段階から、その運命を受け入れていました。私もそうすることにします。

■今回、母は5年間の闘病を経て、亡くなりました。その間、一番近い家族として、できることは何だろう、と私自身考え続けた5年間でもありました。ネットがある現代ならではできたこともたくさんあり、私のブログの読者の方にも、(できれば役に立つ日が来ないことを祈りつつ)、紹介したいと思います。

まず食事。母は通院で、抗がん剤治療を数年にわたり続けていました。気力や食欲はもちろん通常より下がるのですが、何かは食べなくてはいけません。そして矛盾するのですが、食べることが唯一の、生活の中での目新しい部分、楽しみでもあります。

■私も食が専門ということもあり、何十、何百食作ったかわからないほどせっせと実家で作ったり、持って行ったりしました。しかし難しいのは抗がん剤中の食欲が、普通の人が想像できない嗜好に偏ること。たとえばさっぱりしたちらし寿司、などはわかりやすいですが、「白いご飯に焼き魚と味噌汁」は気持ち悪くて食べられないと言う。一方、こってりしたものがNGかと思うと、ビーフカレーやソース焼きそばは喜んで食べてくれて驚いたり、「生温かくて気持ち悪いのでは?」と想像する茶わん蒸しも好きだったり…連日、試行錯誤でした。


■そんな中でとても役に立ったのが、アマゾンなどでさんざん検索し、行きついたこの本。女子栄養大学出版部から出ています(画像をクリックするとサイトに飛びます)。胃の不快感や味覚の変化など、症状別に、具体的な料理例がレシピ付きで載っていて、本当に役に立ちました。

■料理は「ぶり照り」や「スパゲッティナポリタン」など日本の普通のおかずが多いので、このガイドを参考にして、それぞれの家のオリジナルレシピでも十分対応できます。

■家族は、患者が食欲がないと悲しくなり、逆にたくさん食べてくれると嬉しくて、つい「いっぱい食べないと元気になれないよ」と体育会的に(?)強要してしまうのですが、本人にとっては非常に苦痛なもの。かといって何だったら食べやすいのか、自分におきかえても感覚でわからないので、こうして栄養のプロが、家族の体育会ノリではなく、科学的に教えてくれる本はとてもありがたかったのです。

明日も、また続きを書きます。明日は生活編です。

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